Missionphase -2
「みんな、準備は整ったかしら?」切れ長の瞳が印象的な和風美女の問い掛けに、輪になった乙女たちはそれぞれのタイミングで首肯した。
無言のままに、前に進み出た4名がそのままスギの巨木に歩み寄る。
3本の注連縄で飾られた『封印樹』・・・その結界を解いた瞬間、彼女たちが立つ草原の敷地は地下異次元への扉に変わる。その扉を開け続けることこそが、大地の聖霊騎士ナイトレミーラと仮面を被った3人の『闇巫女』たちの使命であった。
「手はずは先程説明した通りよ。なにか聞きたいことがあれば今のうちに」ミッションの指揮官とも言えるアザミの言葉に、翠玉の聖霊騎士を始めとするガイア・シールズ傘下の戦士たちはただ視線で答えを返してきた。曇りなく、決意に満ちた瞳。地下異次元への潜入隊が無事に帰還できるかどうかは、彼女たちの頑張りに掛かっているのだ。
等間隔で互いの距離を置いた4名は、『封印樹』を中心に半円を描いた陣形で囲む。
心身ともに始まりを迎える態勢は、十分に整っているようであった。
「アザミさん、本当にこのヒトも連れていくんですか?」質問の手は、突入メンバーのひとりであるナイトレフィアから挙がった。
「あたしとアザミさんのふたりで十分だと思います。素性も実力もわからないヒトと一緒になるのは、かえって危険じゃないですか?!」ぷくりと膨れた白い頬を隠しもしないで、レフィアは傍らの黄色の戦士をちらりと一瞥する。
オメガカルラと名乗った、謎の少女。
本来なら十分美少女の部類に入る顔の造形ではあるが、活動的なポニーテールも、吊り気味の二重の瞳も、何から何までレフィアには挑発的に見えてくる。身長は150cmそこそこの小柄な体型だというのに、胸の前で腕組みをした姿には威風堂々たる貫禄すら漂わせ、物怖じの欠片も感じさせない。
・・・なんなのよォ、この生意気そうなコは?!
口を開きかけた真紅の聖霊騎士が文句のひとつも呟こうとした瞬間、ポニーテールの少女は見透かしたようにプイとそっぽを向いた。
「・・・ムカ」「そのコ、カルラの実力はあなたも見たでしょ。十分に戦力となるわ。地下異次元への突入メンバーは、私とナイトレフィア、それにオメガカルラの3名に変更よ」
「けど破妖師(エビルスレイヤー)なんて組織、ガイア・シールズのなかで聞いたことないですよォ?!」
「だからさー、さっきからアリサが“準加盟組織”だって言ってんじゃん」
そっぽを向いたまま、呆れたような口調でオメガカルラこと四方堂亜梨沙が言う。
「大体うちらエビルスレイヤーはあんたたち文化財みたいな組織と違って、新興のチームなんだよねー。ミッションで忙しい聖霊騎士さんはそりゃあ知らないんじゃなァ~い?」「ぶ、文化財ィ~~!?」
ヒクヒクと整った眉を震わせながら、レフィアは今回の判断を下した敬愛する『フェアリッシュ・ナイツ』の惣領に対して、心のなかで愚痴を抑えられなかった。
“まったく・・・どうして鈴奈さん、こんなコに協力依頼したんだろォ?”
百匹に迫る植物妖魔を一撃にして殲滅した後、ポニーテールの小柄な少女は懐から取り出した一通の封書をアザミに向かって投げ渡した。
一瞬の間が空き、白黒装束の巫女が丁寧に折り畳まれた便箋を一気に広げる。
後ろからひょいと覗き見したレフィアには、紛れもない初音鈴奈の筆記による文字と、破妖師オメガカルラをブリード殲滅メンバーの一員として加えて欲しい旨の内容が見えた。
「こういうもんでもなきゃ、いきなり現れた人間を信じれないっしょ? 鈴奈に無理言ってパパッと書いてもらったのよ」「あなたと初音鈴奈とはどんな関係?」
警戒の色をいまだ瞳に残したまま、アザミが静かに問い質す。
「んー、あんたたち『闇巫女』と『FK』と一緒よ。協力するべきときは互いに協力するっていう、そんだけの関係。さすがは裏世界では名を馳せた『フェアリッシュ・ナイツ』の惣領よねー。鈴奈はうちら破妖師と以前から友好関係を築いてきたから。今回、協力をお願いされたら、そりゃムゲには断れないっしょ?」「鈴奈さんを呼び捨てにするな」
鋭い眼光にハッキリと不快感を示して、真紅の聖霊騎士がズイと前にでてくる。
レフィアからすればナイトレヴィーナこと初音鈴奈は、組織のトップであるとともに尊敬してやまない先輩でもある。憧れの存在の名を軽々しく呼ばれて、レフィアは自分にとって神聖な場所を踏み躙られたような想いに駆られた。
「鈴奈さんはあなたみたいな小娘が呼び捨てにしていいひとじゃないわ!」「小娘って、あんたもアリサと同じ17歳でしょォ?」
「う、うるさいなァ!」
「言っとくけど、アリサが呼び捨てにするのは鈴奈公認なんだからね! 外野は黙っててくんなァ~い?! 火乃宮玲子ち・ゃ・ん♪」
二重の瞳に意地悪い光を宿して、オメガカルラ=四方堂亜梨沙が言う。腰に両腕を組んで顎をグイと突き出したその姿勢は、どう受け取っても火焔の聖霊騎士を挑発しているとしか見えない。
それにしても・・・グラグラ煮え立つ頭のなかでレフィアは思う。
こちらが破妖師の少女の情報をまるで持っていないのに対し、カルラはよく『フェアリッシュ・ナイツ』のことがわかっている。特にトップ・シークレットであるはずの本名まで知っているのは驚きに値した。素性を隠すという意味でももちろん大切なのだが、名前は呪術においては重要な要素のひとつであり、敵に利用されないためにも秘匿するのは退魔組織においては全世界共通の基本事項である。もしカルラの言葉が本当だとすれば、彼女の所属する破妖師という組織と、『FK』のリーダー初音鈴奈とは、それ相応の深い付き合いをしてきたことになる。
その一方で敵領内真っ只中のこの場所で、己の名前から始まり、本来デリケートな扱いをすべき本名をペラペラと口にするこの亜梨沙という少女は、やはりどこかレフィアたちとは一線を画した存在のようにも映った。
「鈴奈さんがあなたにわざわざ協力を依頼したなんて、信じられないわ!」「信じるも信じないも、こうして文書がちゃんとあるでしょオが」
「上級イレギュラーなら偽造文書くらい、決して不可能じゃないもん」
「ちょッ・・・ちょっとあんた! アリサのこと疑ってんのォ~?!」
バチッと空気の弾ける錯覚がしたかと思うや、真紅の聖衣を纏ったショートヘアの少女と檸檬色のボディスーツに身を包んだポニーテールの少女が真正面から互いに突っ込んでいく。
怒りに吊り上がったふたつの愛らしいマスク。激突はもはや避けられない――
誰もが冷たい汗を浮かべたその時、赤と黄色の間に3つめの色彩は鮮やかに湧き上がった。
「ふたりとも、もう少し冷静になりましょう」翠玉の聖戦衣にプラチナブロンドの髪。付け焼刃でない落ち着きと優雅さを兼ね備えた大地の聖霊騎士ナイトレミーラは、勢いづくふたりの戦乙女の間に割って入る形で立っていた。
もしレミーラの表情がその言葉と同様に冷静なものであったなら、付き合いの古いレフィアはともかく、カルラはさらに怒りに火を点けていたかもしれない。
だが実際には人形のような和風美少女の顔は明らかに困惑し、哀しみすら漂わせたものであった。
「私たちはこれから強力な妖魔ブリードと闘わなきゃいけないんですよ? 心をひとつにしなければ、とても勝てる相手ではないはずです」「・・・レミーラは、このヒトのこと、信用するの?」
初音降魔衆において指揮を執る分隊のリーダーは『枝頭』という名称で呼ばれている。チームを率いるだけの実力と素養が求められるこの役職には、レフィアもレミーラもともに務めるだけの資格を持っているが、ことこのふたりのチームにおいてはレフィアが枝頭として任命されていた。よってチームの方針を決定する権利は火焔の騎士が握るのが常であった。
とはいえ実際には広い視野と冷静な判断力を持つレミーラに、参考アドバイスを求めることも少なくはない。
これまで黙ってカルラとレフィアの遣り取りを窺っていた大地の聖霊騎士がどんな考えを持っているのか、聞いておく価値は十分にあると言えた。
「彼女から感じる底知れぬパワー、そしてこの樹海の奥地に無傷で現れた事実。さらに一撃にしてあれほどのイレギュラーを殲滅した実力から考えて、カルラさんが私たちと同等の能力を持つファイターであることは間違いないと思います」「種を植え付けて操るというブリードなら、下僕にした人間をスパイとして潜り込ませることもできるんじゃない?」
「その可能性はゼロとは言い切れないですけど・・・だとするとあの場面で私たちを助けてくれたのは、やはり腑に落ちません。罠であるなら、私たちをもっと消耗させてから姿を現してもいいわけですから」
「私もレミーラの意見に賛成だわ」
傍で聞き耳を立てていたアザミが、聖霊騎士ふたりの会話に口を挟む。
「あのナイトレヴィーナがわざわざ派遣するには、それだけの理由があるはずよ。疑い始めればキリはないけど、私たちには余裕はないわ。戦力となる者があるならば、私は迷うことなく討伐チームに加えたい」少人数で結成せざるを得なかった今回のブリード殲滅チームに、恐らく指揮官であるアザミ自身が一番切迫した思いを抱いていよう。
このミッションの最高責任者が求めるとあっては、いくらレフィアが感情的に拒もうとも無駄であった。
「ここは信じましょう。破妖師オメガカルラの力と、ナイトレヴィーナの思慮を」
スギの巨木の前に半円の軌跡を描いて広がった4人と、平原の中央に待機した3名。
死と同時に溶けいくように蔦の妖魔たちは消失していた。10分ほど前には数百の断末魔がこだましていた戦地には、静寂と以前と変わらぬ緑の光景が広がっている。
「・・・始めましょう」決意の滲んだアザミの声に、緊迫感は一気に沸点に達した。
いよいよ、地下異次元への突入。そして妖魔ブリードを葬る決戦が始まる。
仮面をつけた3人の『闇巫女』が、手にした短刀を『封印樹』の3つの注連縄に向かって投げつける。
ブツリ、という響き。
3本一斉に切り落とされた注連縄が、バラバラと生い茂る緑の地に落ちていく。
「うッ!」変化は、瞬く間であった。
グニャリと揺らめく。スギの巨木が。錯覚か? 有り得ぬ光景に瞬間、混乱を起こす脳裏に、正体を露わにした『封印樹』が異質の風を叩きつけてくる。
グオオオオオオオ・・・
音はない。しかし、『封印樹』の鳴き声が確かに聞こえる。
枝を震わせ、幹をくねらせ、猛るように踊る・・・植物としての姿をかなぐり捨てた巨木は、それ自体が妖魔化したかのようであった。
「来たわ!」枝の間からスギ本来が持っているはずのない濃緑の蔦が、矢のようなスピードで吐き出される。
蔦というか、瘤のついた枝というか、植物の表皮を被ったホースというか。触手と呼ぶのが一番妥当であるようないくつもの蔦が、4人の乙女に一斉に踊りかかる。
先端で血のような色をちらつかせてパクパクと開閉するのは、紛れもなく口。
攻撃としか思えぬ不気味な蔦の襲来を、しかしレミーラを始め3人の『闇巫女』たちは、避けもしなければ迎撃することもなかった。前に突き出したそれぞれの両腕に、一本づつ緑の触手が絡みついていく。
「レミー!」「大丈夫! 予定通りよ」
腕全体に巻きついた『封印樹』の蔦は、その先端の真っ赤な口を、レミーラたちの肩口にグジュリと吸い付かせた。
「今よ! 『地』の力を開放して!」
アザミの合図と同時に、大地の聖霊騎士と3人の仮面巫女の身体から蒸気のようなライトグリーンの揺らめきが立ち昇る。
ゴキュ・・・ゴキュ・・・ゴキュ・・・
蔦触手から響く嚥下の音。細かな蠕動が『封印樹』が吸引を開始したことを知らせる。
「『封印樹』が『地』のエネルギーを吸収していく!」「開くわ! 地下異次元への扉が!」
草原の大地に亀裂が走った、と見えたのは束の間だった。
六角形の巨大な穴がポカリと口を開けるや、土塊とともに3人の装いも違う聖戦士が漆黒の奈落に吸い落ちていく。
「レミー! 行ってくるね!」「レフィアが戻ってくるまで、必ず結界を開けて待ってますから!」
可憐な聖霊騎士のエールが地響きに混ざって交差する。
地獄でも繋がっているかのような闇の底へと、真紅の聖霊騎士と白黒の巫女、そしてレモンイエローの超少女とは飲みこまれて行った。
「思ったより、静かな出迎えですね」3人の聖戦士が妖魔ブリードの本拠地・地下異次元へと突入してから、時間にして10分が過ぎていた。
制限時間2時間を思えばまだまだ猶予はたっぷりあるというのに、妖魔の予想外の対応が3人のどの顔にも不安にも似た翳を漂わせている。拍子抜けといえば拍子抜け。ブリードのもとへと向かう聖戦士たちの武器は、この地下異次元に来てからまだ一度も振るわれたことがない。
火焔の聖霊騎士ナイトレフィアの言葉通り、敵アジトの中央というのに予想された妖魔の迎撃はここまで全くなかった。
横幅5m、高さ3mほどの通路をただひたすら歩くのみ。壁が複雑に絡み合った樹木の根で構成されているところは、いかにも樹齢二千年を越える妖樹のイレギュラーの住処らしいが、先の蔦妖魔の大群を思えば不気味なまでに静まり返っている。なんの妨害もなく順調に進む行軍に、まるで誘われているかのような疑念が、かえってムクムクと首をもたげるのは仕方のないことだった。
「前回のときもこんな感じだったんですかァ?」貴重な対戦経験の持ち主であるアザミに、ナイトレフィアは不安をちらつかせた声で訊いた。
「いいえ。植物系のイレギュラーが通路を埋め尽くすほどに現れたわ。ただ地上では先程みたいな総攻撃はまるでなかった」「さっきの攻撃で戦力を使い果たしたってことなのかな・・・」
「かもしれないわね。でも、私にはブリードの余裕のようなものが感じられて仕方ないの」
呟くアザミの額には、疲れのせいなどではない汗がじっとりと浮かんでいる。
そう、考えてみれば・・・アザミは前回のブリードとの対戦で瀕死の目に遭わされているのだ。仲間を失った憎悪と同時に恐怖をも身体の深い部分に刻まれているはずであった。
妖魔ブリードの強さと恐ろしさを誰よりも悟っているのは、アザミを除いて他にはいまい。
「でも大丈夫。今回はあなたが、火焔の聖霊騎士ナイトレフィアがいるわ。ブリードにとって天敵のあなたがいれば、きっと今度こそブリードを排除することができる」「『火』は『地』を焦がす、でしたっけ」
巫女装束に身を包んだ和風美女は薄めの唇をわずかに綻ばせる。
「そう、中国五行説が源流とされる各エレメントの相生相克の関連は諸説いろいろあって、ガイア・シールズ傘下の各組織においてもそれぞれバラバラではあるんだけど・・・私たち『闇巫女』のなかでは『火』は『地』を制するエレメントとされているわ」「アリサたち破妖師も『闇巫女』さんと一緒だよー」
やや後方を歩く檸檬色の少女がふたりの会話に口を挟んでくる。
「いわゆる『五車連環説』ってヤツ? って言ったところでここにはひとりわからない人がいるみたいだから、説明が必要かなァー?」ニヤニヤという笑いが聞こえてきそうなカルラの声に、真紅の聖霊騎士はたまらず振り返る。
「ちょっと! バカにしないでよね! 『地』は『水』を湧き、『水』は『風』を生み、『風』は『火』を興し、『火』は『空』を膨らませ、『空』は『地』に還る・・・でしょ。それくらいは学習済みなんだから」眉を吊り上げながらもすらすらと答えるレフィアに、色白のカルラが素直な驚きの表情を作る。
世界の退魔組織のなかにも『火』や『水』などからなる要素と、それらが互いに助長したり抑制したりする関係性に着目して、独特の魔術や格闘術を創り出していることは多い。その元となっているのが古代中国で生まれた『木火土金水』から成る五行説にあるのは疑いなかったが、世界に広がる間に様々な変容が加えられ、同じ五行説を素とした技術体系でもいくつもの流派が生まれることになった。『五車連環説』はそういった流派のひとつである。
流派によっては似たようでいてまるで逆の考えの場合もあり、例えば『五車連環説』では『火』は『水』を苦手としているのだが、『水』が『火』を苦手とする考えの流派もいくつか存在する。30以上はあるとされる諸説のひとつである『五車連環説』を、迷うことなくレフィアがそらんじられたのは、決して誰にでもできる容易な作業ではなかった。
「ふーん、けっこうやるじゃない。オッパイ大きい人は頭が弱め、ってウワサ聞いてたからちょっと意外カモ?」「な、なによ?! その根拠ゼロの噂はァ?! いい加減なこと言わないでよね!」
「ちょ、ちょっとふたりとも落ち着きなさい。ブリードがいる場所までもうあと少しまで迫ってるのよ」
仲裁に入ろうとするアザミを尻目に、再び点火したふたりはイチ女子高生に戻ってヒートアップする。元気漲る点では共通する真紅と檸檬の少女戦士たちにとって、見えない妖樹のイレギュラーよりも何かと突っかかってくる目の前の少女の方が、余程張り合いのある相手に映るらしい。
「レフィアってさァ、なんかやたらオッパイ強調してるじゃない? だからつい気になっちゃって」「だ、誰がオッパイ強調してるのよォ! お臍丸出し、露出多めのあなたに言われたくないわよ!」
「こッ、これはこういうコスチュームなんだから仕方ないじゃん! オッパイ大きいからって、あんまし調子に乗んないでよねッ、このウシチチ女ッ!」
「ウ、ウシチチィ~~?! ななな、なによォ! 自分が発育不良だからって、妬んでんじゃないのォ?! このチビッコ女!」
確かに170cm近いレフィアとアザミに比べ、153cmしかないカルラの体型は見劣りがした。またレフィアが質・量ともに文句なしの美乳を真紅の戦衣に包んでいるのに対し、少女の瑞々しさを象徴するようなカルラのほのかな膨らみは、迫力の点では物足りないのを認めざるを得ない。
「チ、チビッッ・・・あ、アリサが気にしてることをォ~~ッッ!!」「だってホントにちっちゃいんだもん! 胸のことやたら気にするのも、実はコンプレックスあるからなんじゃないのォ?!」
「あームカついた! いいわッ、アリサの本気みせたげる! その寝不足気味の眼、よ~く開いておきなさいよ!」
瞳が紅いのは『火』の聖霊力を宿してこの姿に変身してるためよ・・・言い返そうとしたレフィアの唇が、ピタリと止まる。
鮮やかなレモンイエローのボディスーツに身を包んだ少女の肢体が、ゴキゴキと奇妙な音色を立て始めたのだ。
いや、変化は音だけに留まらない。明らかにオメガカルラの体内で何かが・・・骨格や筋肉に大きな変化が訪れていることが、皮膚の上からでも透かしたように看て取れる。奇妙に陥没するカルラの肉体。やがて少女の両腕は、己の身体を粘土細工でもこねるように凄まじい速度で整え始めた。
「か、カルラ! あなたは一体・・・?!」絶句するナイトレフィアに変わって驚愕の声を挙げたのは『闇巫女』アザミ。
開襟臍出しのボディスーツに包んだ四方堂亜梨沙の少女らしい身体は、グラビア雑誌の表紙を飾るような成熟した肉体に変身していた。
スラリと長く伸びた脚。引き締まった腹筋。くびれも艶かしい腰つきに、はち切れんばかりのヒップライン。黄金のオメガマークが描かれた胸は、凡その男性が垂涎を禁じえないボリュームでグンと天に向かって突き出している。
パーフェクトなボディがこの世にあるとすれば、それは今のカルラを置いて他にはないであろう。
世界中のどの「プレイボーイ」に掲載されても喝采の的となろう、芸術的ライン。
レフィアより数cm高くなったポニーテールの天使が、パクパクと口を開閉する聖霊騎士を勝ち誇った瞳で見下ろしながら言う。
「いいオンナの身体ってのはこーでなくっちゃね♪ あんたみたいな勝手に大きくなっちゃった、的な放牧牛のおチチとは磨き方が違うんだから」「オメガカルラ、あなたは自分の意志で肉体を変形させることができるというの?」
奇怪なものは山ほど見てきているはずのアザミが、未だ声をうわずらせながら尋ねる。
「こう見えてもアリサ、伊賀忍びの末裔なんだよね。『フェアリッシュ・ナイツ』もどこかの忍びと関係があるらしいけど、うちは正真正銘、正統の伊賀くノ一」確かに『フェアリッシュ・ナイツ』の母体組織である初音降魔衆のルーツを遡っていくと、神道系の巫女戦士集団という他に忍び組織としての側面も持っていることが明らかになっている。ガイア・シールズの他組織においてもその情報は比較的よく知られたものであった。
日本の退魔組織には他にも忍びの血統を謳うチームは数多くあるが、伊賀忍びの正統となればそのブランド力はかなりのものだ。四方堂亜梨沙の言葉が真実かどうかは探る術もないが、少なくとも自信満々の少女からは、本流を継ぐ者の自尊心と誇りが強く漂ってくる。
「これはアリサにしかできないオリジナル忍術、超メイク。ま、正直背を伸ばすのはちょっちキツイんだけどさ。言っとくけど、変えられるのは身体だけじゃないんだからね」言うなりカルラは己の顔を両手でこね回し始める。
「玲子。あなたってコはいつまで経っても抜けてるわね。もう『フェアリッシュ・ナイツ』クビよ、クビ!」「ええッ?! れ、鈴奈さんッ?!!」
両手を下げたポニーテールの少女の顔はおろか声までが、『フェアリッシュ・ナイツ』の惣領・初音鈴奈のものへと変わっていた。髪型とコスチューム、それに小ばかにしたような口調を除けば、オメガカルラはもはや全くの別人に変わってしまっている。
「メイク道具ともうちょっと時間があれば、もっと完璧に変装できるんだけどねー。アリサが本気出せばこんなもんよ。どう、参った?!」「あ、あわわ・・・ま、参りました・・・」
驚愕の忍術と、なにより絶対的上位者とも言えるナイトレヴィーナの顔で迫られて、レフィアは半ば呆然としたままたじたじと後ずさっていた。
数瞬後、思わず敗北宣言をしてしまったことに気付き、元通り四方堂亜梨沙の容姿に戻ったカルラに、慌ててレフィアが食らいつく。
「ちょ、ちょっと! あんなの卑怯だよ! 鈴奈さんの顔になられたら、こっちはなにも言い返せるわけないじゃん!」「うっさいなー。もうあんたの負けでいいでしょ。ハイハイ、終わり終わり」
「破妖師が『五車連環説』を基盤としているのなら、あなたの『風』もその一部ということね」
口喧嘩収束のタイミングを窺っていたアザミが、頃合いを計って話題を転換させる。3桁に迫る植物型妖魔の群れを、一陣の風で殲滅してみせたオメガカルラ・・・彼女の特殊戦闘能力が『風』のエレメントを利用したものであることは間違いない。
「もちろん。オメガカルラは通称『萌黄の風天使』って呼ばれてるからねー。萌黄色ってホントは黄緑みたいな色なんだけど、勝手に呼ばれてるんだからしょうがないよね」「あれ? 待ってよ、確か『五車連環説』だと『風』は『地』に対して・・・」
今更のようにある事実に気付いたショートヘアの少女に、勝ち気な表情を崩さずカルラが言い放つ。
「『地』は『風』を絶つ・・・確かに『風』は『地』を苦手としているけど、それがなにか?」「なにかって妖魔ブリードは『地』の能力を操るイレギュラーなんでしょ?! それじゃあなたにとってはこの闘いはすごく不利ってことに・・・」
柳眉をわずかにひそませて行軍の脚を止めてしまった真紅の聖霊騎士は、複雑な感情に心捉われ、背後に大きな隙を生み出していた。
瞬間、であった。
絡み合った壁の根の一部がほどけ、一斉にレフィアの四肢に巻きつく。あっと思う間もなかった。背後から襲撃された火焔の騎士が反撃態勢を整えるチャンスを与えず、更なる根の触手が細い首に、豊満な胸に、締まった腹筋に・・・レフィアの身体中に絡みついてがんじがらめにする。
「あぐッ?!・・・し、しまっ――」巨大な茶褐色の口が、真っ赤な獲物を一息に呑み込むように。
強烈な力で引っ張られたレフィアの肢体が、根壁の内部に引き摺りこまれる。瞬きする間の出来事。真紅の聖戦衣が蠢く根の海に飲まれ、なにかを叫ぼうとした愛らしいレフィアの顔と差し伸ばした手を次々と壁の内部に引き込んでいく。
「レフィアッ?!」「もうッ! しょーがないなァ!」
聖霊騎士を完全に取り込んでしまった壁は、なにもなかったように元の硬い表面を見せて静まり返っている。
ザクンッッッ!!!
風の唸りと三条の亀裂が根壁に走ったのとは同時。
壁を一刀両断する風の痛撃を、オメガカルラは一度に三発、三角形で取り囲むような形で放っていた。
ゴトリ。重々しい響きを残して、密集した根で構成された壁の一部がごろんと転がり落ちる。
根の塊とともに壁内部から取り出された真紅の聖霊騎士が、未だ絡みつく根触手を引き千切りながらなんとか面をあげた。
「ぷはァッ! はあッ、はあッ」「あんたねー、油断しすぎなんだってば!」
差し出されたレモンイエローのグローブを、一瞬躊躇した真紅のグローブが遠慮がちに握り締める。
「・・・あ、ありがとう」「指令が下されたらそれを命掛けで実行する。『風』が『地』に弱いとかなんてカンケーないってのよ」
地にしゃがむレフィアを引き起こし、吊り気味の二重の瞳で前方を睨みながらカルラは言った。
「『地』が苦手ってんなら・・・圧倒的な『風』でぶった切るのみ。ほら、いよいよ大将お出ましみたいだよ」それまでの狭い通路が嘘のように、広大な敷地が広がっている。
見上げれば先の見えない遥かな高さ。ここが地下とは到底思えなかった。密林のごとく周囲を緑の高樹で囲まれた空間。硬い土の大地が広がる敷地の真ん中に、直径10mはあろうかという巨木が天に向かって生えそびえている。
これが妖樹ブリード。
「来るわ」アザミの呟きを合図としたかのように、樹林から、地中から湧き出した緑や褐色の低級妖魔が、一斉に3人の戦乙女に雪崩れかかる。
美しき3名の退魔師と千年を越えて生きる妖樹。地下異次元での開戦の火蓋は切って落とされた。
——— It continues to next phase